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信州長野の旅と歴史
信州・小諸の旅    懐古園・小諸

小諸城大手門
こもろじょうおおてもん
長野県小諸市大手町1ー150
Tel 0267-23-8880 教育委員会生涯学習課


 小諸城大手門は慶長17年(1612年)、仙石越前守秀久が小諸城を築いた時に建てられました。当時は瓦葺の門が珍しかったため瓦門と呼ばれたそうです。東日本で城の正門が残っているのは、この門と、青森県の弘前城追手門だけだそうです。
 廃藩置県後、売却されて民有となり、中2階や間仕切り壁などの造作がなされて、小諸義塾の仮塾舎となったり、料亭として利用されたりしたそうです。その後、市に寄贈され、3年あまりかけた平成の大修理で、平成20年(2008)に江戸時代の姿そのままに甦りました。
 小諸城大手門は下層の間口6間半、奥行2間半、高さ約6間、入母屋造り、2層、瓦葺きの城門です。門扉をつけた欅柱は2尺2寸5分に1尺6寸5分の角で豪壮な構えとなっています。
 2階は間口7間、奥行3間で垂木には反り増しがあります。東西2室で畳敷きで座敷になっています。日本の城門発展の過程を知る重要な建物で、平成5年(1993)に国の重要文化財に指定されています。



懐古園
かいこえん
長野県小諸市丁311
Tel 0267-22-0296 懐古園事務所


 懐古園は白鶴城や酔月城とも呼ばれた小諸城の跡です。城下町よりも低い位置にある「穴城」として全国的に珍しい存在で、天然の要塞となっている深い空堀や苔むした野面積みの石垣が昔日を偲ばせています。
 小諸城は千曲川沿いの断崖に面して建っていて、要害堅固な城です。入口の三の門(重文)には徳川家達(いえさと)の筆になる“懐古園”の額が掛っています。
 この城は、もともと長享元年(1487)に大井光忠が築いた鍋蓋城が前身となっています。天文22年(1553)に武田信玄によって陥落させられると、以降は武田氏の小県攻略の橋頭堡として整備されました。このとき城の改修を担当したのが、馬場信房と山本勘助であると伝えられています。
 千曲川の急流、廻りの断崖、そして土質が浅間山の火山灰でできているために、崩れやすくなっていました。縄張り自体も三角形で山本勘助の築城技術の粋を極めたものと思えます。
 武田氏が滅亡後、織田氏、北条氏、徳川氏と様々な主の下を転々とし、後に小田原攻めで功のあった千石秀久が入封しました。このときにかなり大規模な改修が行なわれ、小諸城は近世的な城となりました。
 園内には藤村記念館、小山敬三美術館、徴古館、郷土博物館、動物園、遊園地などがあります。二の丸の石垣には若山牧水歌碑が、千曲川を望んでは藤村詩碑が建てられています。



小諸本陣主屋
こもろほんじんしゅや
長野県小諸市大手1−6−14
Tel 0267-24-7788 本陣主屋・復元資料館


 慶長16年(1611)北国街道に宿駅伝馬制が敷かれ小諸宿が設けられました。関東への出入り口として、参勤交代や善光寺詣りなどで賑わいました。
 参勤交代などで大名などが休泊した「小諸本陣主屋」は木造切妻造りの豪奢名建物で18世紀末から19世紀初頭の建築といわれています。
 明治11年(1878)、佐久の桃源院に移築され寺の本堂や庫裏になっていました。平成7年(1995)に小諸市に寄贈されたことで現在地に移築再建され、平成9年(1997)に歴史資料館として公開されましたが、平成17年(2005)より休館しています。



旧小諸本陣
きゅうこもろほんじん
長野県小諸市市町1−2−29
Tel 0267-24-7788 本陣主屋・復元資料館


 小諸本陣は江戸時代後期の建物で、北国街道小諸宿で問屋を営んでいた上田家がその任にあたっていました。総2階建の建物で、18世紀末から19世紀初めの貴重な建築物です。明治になって田村家の所有となりました。
 建物は木造2階建て、桟瓦葺き、切妻、妻入りの建物で、間口は8間で部屋が2列になる大型商家です。2階妻面には看板屋根が大きく張り出しています。
 大名駕籠の入口だった表門などが格の高さをうかがわせます。現存する問屋場建築は全国に僅か2棟しかなく、旧小諸本陣の主屋と表門は昭和48年(1973)に国の重要文化財に指定されています。



旧小諸脇本陣
きゅうこもろわきほんじん
長野県小諸市市町1ー1ー11
Tel 0267-23-8880 小諸市教育委員会生涯学習課


 北国街道小諸宿の旧脇本陣「粂屋」は江戸時代後期に建てられた木造平屋建て、切妻、平入り、桟瓦葺きの建物です。玄関屋根や掛け看板の唐破風屋根などに格式の高さが伺えます。
 本陣は勅使・宮家・公家・大名・旗本などが休泊する宿泊所です。脇本陣はそれに次ぐ所でした。勅使・宮家が本陣に休泊すれば参勤交代の大名といえども脇本陣を使いました。



光岳寺
こうがくじ
長野県小諸市荒町1ー3ー4
Tel 0267-22-0981


 天機山光岳寺は徳川、松平、牧野各家と深い関わりを持った阿弥陀如来を祀る浄土宗の古刹です。街道に面して立つ高麗門は、小諸城の「足柄門」です。簡素な造りですが、切妻様式の瓦屋根が印象的です。大手門と同じように明治初期に売却され、光岳寺に移築されました。
 足柄門は、慶長元年(1596)に建造されましたが、寛保2年(1742)の大水害により流失しました。その後、明和2年(1765)に再建され、明治5年(1872)、光岳寺山門として移築されました。平成12年(2000)に修理・修景事業が行われています。
 光岳寺は徳川家康の母「於大(おだい)の方」を祀っています。牧野家の菩提寺である泰安寺が明治になって廃寺になると牧野家の位牌所となっています。光岳寺の境内には成田山のお堂があり、大晦日には2年参りの人々で賑わいます。



小諸義塾記念館
こもろぎじゅくきねんかん
長野県小諸市古城2−1−8
Tel 0267-24-0985


 小諸義塾は、明治26年(1893)にアメリカに12年留学していた木村熊二により作られた私塾です。人物養成を目指す独特な中等教育を行った私立学校で、木村の教え子である島崎藤村もここで教鞭をとりました。
 小諸義塾記念館の建物は開設された明治26年(1893)に建てられた木造2階建ての建物です。桟瓦葺きの寄棟造りで、縦長の窓が付けられています。玄関上部のバルコニーなど質素ですが当時の洋風建築の手法を取り入れています。館内には当時の資料などが展示されています。
 小諸義塾は、明治39年(1906)に財政難や国の教育制度のあり方と違ってきたことなどから閉校となりました。その後、校舎は小諸商工学校や小諸幼稚園、田村医院などに転用、移築され、平成6年(1994)に田村家より市に寄贈され、この地に記念館として移築・復元されました。



小山敬三美術館
こやまけいぞうびじゅつかん
長野県小諸市丁221(懐古園隣)
Tel 0267-22-3428


 小山敬三美術館は懐古園の隣にある千曲川を見下ろすところにあり、小諸出身の文化勲章受賞者、小山敬三画伯の美術館です。絵画浅間山・城シリーズ、肖像画、デッサン画などの作品を数多く展示しています。
 昭和3年(1928)、マリー・ルイズ夫人を伴って9年間のフランス勉学から帰国し神奈川県の茅ヶ崎をに拠点を構えて創作に励みました。曲線を生かした白い瀟洒な建物は、建築界で文化勲章を受賞した村野藤吾の設計によるものです。
 また、小山画伯がフランス留学の時に使用していたアトリエに模して茅ヶ崎に建てた住居兼アトリエを、平成14年(2002)に移築して小山敬三記念館として公開しています。



こもろ寅さん会館
こもろとらさんかいかん
長野県小諸市古城1ー4ー26
Tel 0267-24-0881


 こもろ寅さん会館は渥美清氏が「小諸のお父さん」と呼んでい井出勢可氏が譲り受けた貴重な映画関係資料や秘蔵写真などを展示している記念館で、平成7年(1995)にオープンしました。
 渥美清氏や山田洋次監督との30年以上にわたる親交を通じて譲り受けた数千点におよぶ作品を所蔵・展示しています。
 平成8年(1996)の渥美清氏の逝去後に、政府から贈られた二つとない「国民栄誉賞」もこの会館に展示されています。平成10年(1998)に中2階を増築し、「山田洋次の世界」を新設しています。



虚子庵・小諸高濱虚子記念館
きょしあん・こもろたかはまきょひきねんかん
長野県小諸市与良町2−3−24
Tel 0267-26-3010 小諸高濱虚子記念館


 虚子庵は70歳になった俳人高浜虚子が昭和19年(1944)から3年間小諸に疎開していたときの住居です。隣接する小諸高濱虚子記念館には小諸に疎開していた頃の貴重な作品や資料が保存展示されています。
 虚子庵は5女である高木晴子一家とともに虚子が疎開していた家です。その旧居は当時のまま保存されています。虚子は、小諸での疎開生活の様子を「小諸雑記」にまとめ、「小諸百句」を生みだしました。
 虚子は松山に生まれ、正岡子規に師事し、俳誌「ホトトギス」を主宰しました。客観写生や花鳥諷詠を主張し、俳句の普及と後輩の育成に努めました。写生文や小説も書き、「鶏頭」「俳諧師」「柿二つ」などを出しています。句集「五百句」は代表作です。水原秋桜子、山口誓子、中村草田男などを育てました。



小諸市立小諸高原美術館・白鳥映雪館
こもろしりつこもろこうげんびじゅつかん・しらとりえいせつかん
長野県小諸市大字菱平2805ー1
Tel 0267-26-2070


 小諸市の飯綱山山頂に高さ27mの六角の塔が聳えています。この塔は小諸高原美術館・白鳥映雪館のシンボルです。地域美術文化の集大成と美術振興の拠点を使命として、平成10年(1998)10月に誕生した美術館です。
 小諸出身の日本画家、白鳥映雪の人物画を中心に、小諸義塾ゆかりの水彩画家である丸山晩霞、三宅克己、小山周次の作品を展示しています。
 また版画家北沢収治、農民画家佐藤利平など生涯を郷土にあって、制作に精進した作家たちの作品なども収蔵しています。
 特色のひとつとして研修の為の施設や市民ギャラリー・ハイビジョンシアターが併設され広く市民の美術の振興に寄与しています。ここからの景色は最高です。



寺ノ浦石器時代住居跡
長野県小諸市井子寺ノ浦3041
 寺ノ浦は三方ヶ峰から南に緩やかに傾斜する丘陵上に位置しています。同じ国史跡の東御市の戌立遺跡とは小さな谷を隔て直線距離で500mぐらいしか離れていません。昭和5年(1930)5月に発掘調査が行われ復元住居が建てられましたが落雷により壊れてしまいました。


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